エッセイを書きたい人へ──ライターの現実と希望
- きいてかく合同会社代表_いからしひろき

- 4 日前
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職業イメージのギャップ
X界隈で「エッセイ書きたい人」投稿が話題だが、これってライターという職業に対するイメージのギャップの表れなのかなと。投稿主はメディア運営者で編プロ経営者なので基本ビジネス視点。なので記事は商品であり、ライターは商品を作ってくれる職人さんだ。
あと、年齢的にも職業別区別がはっきりしていた時代に育ってきた人だと思うので、ライターは小説家ともエッセイストともジャーナリストとも違う、あくまでも事実を取材して世の中に伝える裏方的職業だという認識なのだろう。音楽で言えば酸いも甘いもかみ分けたベテランのプロデューサといったところか。
一方、エッセイを書きたいと言った人は、おそらくだけど、まだ駆け出しのライターさんなのではないか。ライターの職業的区別を知らない世代かもしれないし、そもそもライターというものに「自己表現できる仕事」だというイメージを持っているのかもしれない。音楽で言えばスターを夢見るミュージシャンといったところか。
いやいや、ライターはそんな甘いもんじゃない……なんて無粋なことは言わないし、キャリアが長いことを笠に着るつもりもない。それこそ時代は変わっているのだから、僕のようなオールドメディア出身者の考え方の方が経年劣化を起こしていると言えよう。
実際、マスコミ系のメディアは以前ほど影響力がないし、noteでコアなファン向けの記事を書いたほうが儲けられると思うし、影響力も大きい。ユーチューブがミュージシャンやお笑い芸人の登竜門であるように、noteで人気になることが一流作家の条件になる日も近いかもしれない。
ライターは職人であるべきか
そうした状況の中で、僕はライターをどのような仕事かと思っているかというと、やはり文章の職人であり、自分もそうありたいと思っている。面白そうな話を聞いて、他の人にそれをさらに面白そうに書いて伝える。情報の伝達者だ。
そこに私情を挟む余地はない。私情を挟んでいいのは小説家や随筆家(エッセイスト)といった「家系」の人たちだと思っている。ライターは日本語にすると「記者」なので、家系ではない。イメージ的には公家より「武者」だ。
もっと野暮ったいし、もっと愚直である。美化すれば、最近ハマっている『イクサガミ』で岡田准一さん演じるラストサムライ嵯峨愁二郎だ。(美化しすぎか)武者はあくまでも公平な立場であるべきだし、そう振る舞うべし……。それはライターの本質でもあり、そうあるべきだと、個人的には思っている。だから社名を「きいてかく」としている。
キャリア形成の苦労と楽しみ
実のところ、若い時はもっと自分を出して、なんなら有名になって一発当てたいと思っていた。小説を書いてみたり、シナリオをかじったりもした。シナリオについては、ありがたいことにテレビでショートドラマの台本を書かせてもらったり、名前は言えないが最近亡くなったカリスマ漫画家の映画化作品のシナリオを任せられたこともある。
でも、日の目を見なかった。才能が無いといえばそれまでだが、根本的な原因は「どうしてもこれを書きたい!」というモチーフが見つからなかったことだ。書きたい!世の中に伝えたい!だけど何を書けばいいのかわからない!
悩んださ、そりゃ。人生賭けてたし。だからこそ辛かった。苦しかった。で、気づいた。書きたいことがないのなら、面白そうな人の話を聞いて、それを世の中に伝えればいいんじゃね?……。
こうと書くと、まるで自分から積極的に選んだようだが、言ってみれば他に選択肢が無かったのだ。そのころはもう35歳過ぎ。書くこと以外に何もやってこなかったし、結婚して子供も産まれる。食べていくには、費用対効果を考えて効率的に仕事をしていかなければならない。
当然、自分の好きなことだけ書いているわけにはいかない。具体的には、1時間の取材で済むインタビュー記事に特化し、より相手の本音を引き出し、それをなるべく短時間で高品質な記事に仕立て上げるスキルを磨いた。それこそ、「私」を捨てて、文章生産マシーンとして、とにかく書いて、書いて、書いて、書きまくった。(ん、高市さん?)
でも、場数をこなせば当然スキルは上がる。おかげで、何をやらせてもそこそこのものが書けるライターとして定評を得て、仕事は向こうから来るようになった。結果的に、自分の好きなことを気ままに書いている暇は無くなった。バンドデビューしたけど売れずに裏方に回ったら食えるようになったスタジオミュージシャンのようなものか。
夢と地道な努力の両立を
何を言いたいかというと、「書きたいものがある」というのは幸せなことだ。先に書いたが、今はその思いだけで世の中に出られるチャンスがたくさんある。エッセイを書きたい人は、ぜひ頑張ってほしい。ただしライターを名乗る以上、周り(特にクライアントや編集者などの発注者)は取材・執筆のプロと見るだろう。特に発注権限のある立場の人は、まだそのイメージを持つ人は多いはずだ。
つまり、腕も磨いて、プロとしての矜持も持ってほしい。ミュージシャンで例えるなら、オリジナル曲を作るだけでなく、ギターの腕も磨いてほしいということだそれには地道な努力が必要で、打ちのめされることもあるだろが、その苦労はきっと自分を逞しくしてくれる。そして日の目を見ても見なくても、将来の自分を助けてくれる。
これからもライターであり続けたい
ここまで書いてきたら、なんか自分の作品的なものも書きたくなってきたな〜。いや、職業ライターであることに後悔はしてないス。チャンスは十分に与えられたと思うし、努力もそれなりにしてきた。
でも、「職業ライターとして食っていく」と決めた時とは経験もスキルも違う。見えている世界も違う。今なら、「書きたいこと」が見つかるかもしれない……。
下の子が二十歳になるまであと10年。その頃自分は60代前半。うーん、まだまだ行けるか?
(text by いからしひろき)



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